2011年2月15日火曜日

不安解消

 

たった今、ハレ市の外人局(Ausländerbehörde)から帰ってきました。

そう、こないだの記事で「不安だー」とこぼしていたのは、最後のビザの更新があったからなのです。

過去ブログ時代も含めて何度か不安をこぼしてきましたが、どうもこの手続きだけは場数を踏んでも好きになれないのです。

 

先月18日に外人局に連絡し、手続き日が今日15日と決まりました。

18日に失効するので、延長申請が必要な場合は1ヶ月以内にしなければならないという規則があります。

ただ今回、いつもと違って本当に延長できるのかどうか、ややこしい事態になったのです。

論文提出前、公開討論会(Verteidigung)は11~12月に行われると言われました。

しかし、10月末に行われた専門口述試験(Rigorosum)時には12月、そして11月には1月の下旬か2月の上旬にという風に、

Verteidigungの日程が二転三転し、正式決定がなかなかなされませんでした。

12月に入り、Professorから「1月26日」というようやく具体的な日時が明らかになるものの、

その日時の前には “voraussetzlich”(恐らくは・・・、たぶん・・・)がくっついており、依然不明瞭なまま。そして越年。

結局26日に決まったものの、Verteidigung実施の1週間ぐらい前まで正確な日時のアナウンスはありませんでした。

 

Verteidigungが終わった日からビザが失効するまで3週間しかない。

もしVerteidigung終了後に、論文関連の事後処理が生じた場合どうするのかということが心配になってきました。

12月、とりあえず大学の学生課(AAA)にこの旨を相談すると「その場合来学期も在籍可」となり在籍延長手続きをとりました。

在籍証明書がとれればかなり高い確率で在籍が可能になるわけですが、

前回ビザを更新した際「試験(Verteidigungのことかな)が終われば終了」みたいなことを担当官が言っていたので、

「事後処理目的の滞在は出来ない」と外人局で裁定が変わるのではないかという不安がありました。

つまり、事後処理は滞在目的対象外(Verteidigungで全過程終了なので)と見なされるのではないかと思ったのです。

もっと早くVerteidigungが行われ、あるいは期日がもっと早くにわかっておれば、数ヶ月間に余裕があれば、

論文の事後処理と帰国準備を含めた準備と日程調整はできたものの・・・。

Verteidigung実施の日時が1週間前になって決まったのなら、これはどうしようもありませんよね・・・。

3週間やそこらで何が出来るというのか・・・。

 

上記のような不安を抱えて今日外人局に行きました。

 

手続き日時は2011年2月15日午前8時。私の場合何故かず~っとこの時間。

予約をしてるので8時前にに行けばよいはずなのですが、そういうわけにはいかないのです。

一般の人は事前予約ができないので、開局前に並んで整理券を受け取らなければなりません。

この列が長い場合、いくら予約済とはいえ一番後に並ばされる可能性があるので、

1時間ほど早めに行って待ってなければならないのです。事情を説明するのも面倒くさいし・・・。

なので、今日も朝7時過ぎぐらいに入口に到着できるように6時半頃家を出発しました。

今日は朝から外気温が氷点下だったせいか誰も待っておらず私が一番乗りでした。

上着の下にはヒートテックに長袖のTシャツ、ズボンの下には股引を履くという防寒は完璧。

過去一度もなかった「一番乗り」で中にはいることが出来、心を静めて担当官の部屋に入りました。

 

朝の挨拶をし、席に着き、パスポートを渡す・・・。いつもなら一言二言質問があるのですが、今日は一切なし。

「こりゃいけるのでは」と順番に書類を提出している間気分が楽になってきました。

しかし、不意打ちが一つありました。健康保険加入のカードを提示せよというものでした。

滞在初年度に加入した健康保険に継続して加入することが出来なくなったので、2年前に新しいのに切り替えました。

しかし、その間に行われた更新手続きの席で健康保険については何にも聞かれませんでした。

大手の健康保険会社ならカードが発行されるのですが、私のところは契約書と一緒に送られてきた紙切れのみ。

ビザ更新時に健康保険についていつ聞かれてもいいようにコピーをずっと用意していたのでそれを提出しました。

コピーだけでなく原本もちゃんと持っていたので問題は生じませんでした。原本がないとうるさいのです。

 

そして作業はたんたんたんと進み、15分ぐらいで部屋を出ることが出来ました。

今回、何かよくわかりませんが、5ヶ月の申請をしたら5ヶ月後の7月14日までではなくて何故か7月31日までくれました。

なんでだろう。こういうこと今まで一度もなかったのに不思議です。システムが変わったのかな。

 

これでとりあえず5ヶ月の間引き続きドイツ国内での身分は保証されました。

論文の事後処理は程々にし、来週から本格的に荷造り作業に入り、4月下旬頃帰国というプランを実行できそうです。

 

何かまたまた杞憂に終わった・・・。

私はやっぱり長生きできないのかもしれないな・・・。

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